小論文 映像・写真系(ストーリー制作1)
自由に物語を制作しなさい。
窓ガラスの向こうで、赤いのが一匹、おもむろに泳ぎだす。グラウンドの中央に向かって、頼りなさげに進む。後方から同じ赤が数匹、加勢する。
対岸からも黒が数匹やってきて、あっ、という間に、赤と黒が混ざり合う。彼らはひとつのうねりとなって、グラウンドにという大きな大きな水槽を、端から端へと泳ぎ回る。彼らの標的はただ一つ。直径22センチの、白と黒の革張りのボール。いつまでも追いつけない、それが見事なうろこ模様をつくる。
グラウンドを泳ぐサッカー少年たちは、足だけを使ってボールをゴールまで運ばなければならないけれど、それ以外のことはしてはならないけれど、それでも、自由だ。眩しすぎるくらいに全身に光を浴びながら、影というひれをまとって、汗と泥にまみれて、くっついて、はなれて。
水槽に入れられた魚たちを見ていつも思う。かわいそう。あんなに狭い中に閉じ込められて。毎日同じエサを与えられて。私だったら息がつまる。でも、本当にかわいそうなのは、それをかわいそうだと思う、私の方なのかもしれない。
掛け声も罵声も、何も聞こえない。熱気も砂と汗の混じったにおいも、何も感じない。スクリーンに映る映像のように、私は何をするでもなくそれを眺める。
私の意思とは無関係に進む授業。進まない時間。私ができることといえば、ここに座り、先生の話を聞き、板書を写し、退屈ならば寝て、窓の向こうを眺め、ノートの端に落書きをするだけ。一定の温度と明るさに保たれたこの教室で、夏の気配を、窓の向こうのサッカー少年から感じとるだけ。
これじゃあまるで、私の方が映像の中にいるみたいだ。台本通りに一つずつこなせば、台本どおりの映像ができ上がる。そしてその映像は、私がいなくても、変わらず成り立つ。それでも私は、明日もここで、窓の向こうを眺めるのだろう。
この作品は、映像系の受験対策で当塾在籍生が制作した映像系物語制作の参考作品です。
映像系の小論文には、主に2通りの出題方法があります。1つは与えられたテーマから「論じる」タイプの小論文で、もう一つは論理よりも物語(ストーリー)の制作力を重視した物語制作系の小論文です(こ「感覚テスト」という入試科目に含まれる場合があります)。
今受験生は、受験学年になった新年度すぐに受験対策を開始し、当塾のアートセンス・文章表現力向上のための文章表現課題を意欲的にこなし、このような印象的で考え深い、高校生の等身大でありながら高いアートセンスを兼ね備えた物語を制作できるようになりました。
自分の感じたこと、考えたことを大切にし、それを表現にまで高めることが、美大受験の基本です。この受験生は、夏休み前の高校の授業という当たり前の日常風景を、優れた感性と文章表現力によって一つの「作品」といえるクオリティにまで高めることができています。
このような状態にまで物語制作力を高めることができていれば、合格はすぐそこに近づいています。事実、この受験生は想定よりも3ヶ月ほど早い推薦入試の受験にトライし、見事に第一志望である武蔵野美術大学の映像学科に合格することができました。