多摩美術大学 情報デザイン学科メディア芸術専攻 総合型選抜 合格者作品。自らの手で描画するのではなく、風の力による描画のシステムを自らの手で構成し、風とシステム構成によって表現を行うという非常に現代的でコンセプチュアルな作品です。
drawing ventus
W800×D800×H740mm
アクリル板、アクリルパイプ、塩ビパイプ、ベニヤ板、模造紙、針金、白パテ、クレヨン、水性ペン、木炭
カーテンがヒラヒラ揺れる。髪が靡く。私たちが呼吸する。どれもごく自然の事だ。しかし、どれにも風、空気の存在があってこそだということを忘れてはならない。
人が生命活動をするのは美しい、と言う人はいても、人が呼吸することを美しい、と言う人はいない。
カーテンが揺れたり、髪が靡くのを美しい、と言う人はいても、風自体を美しい、と言う人はいない。
しかし、その現象を起こしている風の存在こそ、美しい、圧倒的な自然なのだ。
私は、田畑に綺麗に並んだ風車が、カラカラと回っている様子を見て、そんなことを考えていた。
風車は今や畑の番人だが、今日まで製粉、発電、風力計と様々なことに仕組みとして使われてきた。
そんな風車に、次は人が風を再認識するための、仕組みになってもらおう。
生活にある当たり前の事を、人に再認識させるのは難しい。しかし、目に見える形になると分かりやすい。
色々なペンを持たせて、真っ白なキャンパスに風の思うまま、自由に描いてもらう。風の意志が目に見える。
今でも風は、カラカラと楽しそうに、ドローイングを続けている。
W800×D800×H740mm
アクリル板、アクリルパイプ、塩ビパイプ、ベニヤ板、模造紙、針金、白パテ、クレヨン、水性ペン、木炭
カーテンがヒラヒラ揺れる。髪が靡く。私たちが呼吸する。どれもごく自然の事だ。しかし、どれにも風、空気の存在があってこそだということを忘れてはならない。
人が生命活動をするのは美しい、と言う人はいても、人が呼吸することを美しい、と言う人はいない。
カーテンが揺れたり、髪が靡くのを美しい、と言う人はいても、風自体を美しい、と言う人はいない。
しかし、その現象を起こしている風の存在こそ、美しい、圧倒的な自然なのだ。
私は、田畑に綺麗に並んだ風車が、カラカラと回っている様子を見て、そんなことを考えていた。
風車は今や畑の番人だが、今日まで製粉、発電、風力計と様々なことに仕組みとして使われてきた。
そんな風車に、次は人が風を再認識するための、仕組みになってもらおう。
生活にある当たり前の事を、人に再認識させるのは難しい。しかし、目に見える形になると分かりやすい。
色々なペンを持たせて、真っ白なキャンパスに風の思うまま、自由に描いてもらう。風の意志が目に見える。
今でも風は、カラカラと楽しそうに、ドローイングを続けている。
この作品を制作した当塾在籍生は、他に下記の作品も制作しています。